道は遠し。歩けよ若人。 〜洞窟寺院 ワット・ウモーン〜
努力は報われない。
よくある話である。
徹夜までして用意していた資料が飛んでしまった。
好きなあの子を落とすため大金をはたいたのに別の男にかっさらわれた。
私だってそういったことも数多く経験してきた。
旅先でもそういった困難はつきものである。
この日はチェンマイの観光地として有名なワット・ウモーンとい神秘的な洞窟寺院があると聞き、早速行くことにした。
通常ならば歩いて行ける距離ではないないが
もちろん私は歩いて行く。
片道二時間の旅に出るのだが
例のごとくまたご飯も食べずに出撃するわけである。
前の日は朝昼兼用の食事を一食しか食べていない。
照りつける日差し、マシンガンのように鳴らされるクラクション、手を繋いで楽しそうに歩いているカップル。
それら全てが私の体力を奪う。特に三つ目は大きく私の精神を乱してくる。
歩いても歩いても近づいている気配すら感じない。
ワット・ウモーンの通り道にチェンマイ大学があり寄ってみることにした
なかなか立派な大学である。
大学を大学で例えるのもあれだが北海道大学みたいな感じである。
市民にも解放されているようでトレーニングをしている地元民もたくさんいた。
大学内を歩いていて、少しずつ私に異変が起こり始める。
体に力が入らなくなってきたのである。
そして、体の電源が落ちてしまったかのように、地面にへたり込んでしまった。
目がチカチカするし、手にも力が入らない。
なんだこの感覚は。
これは・・・「餓え」である。
日本で生まれ育ち今まで「餓え」に遭遇したことがある人は珍しいのではないだろうか。
旅を始めてからロクな食生活を送らず、歩きっぱなしでなんなら水まで切れてしまっている。
もう、動けない・・・。
死ぬかも。ダサすぎる。
お金がポケットにまだまだあるのに飢え死になんて。
検視官に「なんでこいつ金あるのに飯も水も取らなかったんだ?バカなのか?」と思われてしまう。
しかし、生存本能とは凄いもので、あんまり覚えていないのだが
私は歩き出していたようだ。
そして、ヌードル屋さんに入っていた。本当にそこまでの道のりをあまり覚えていない。
さらに驚くことに入ったヌードル屋さんはしっかり安い店だった。
生存本能と同じくらいに刻み込まれている自分のケチさにまたもや驚かされた瞬間だった。
なんとか回復して、もう一度ワット・ウモーンに向かう。
まだ、半分も来ていない。
気合を入れて歩く。
なんどもソンテウと呼ばれるタクシー代わりの乗り物が
私の横を通り過ぎる。
運転手の甘い誘い文句も跳ね除けて進みに進んだ。
もうすぐのところまで来て、
路肩で休憩していたソンテウのドライバーに声をかけられた。
『ワット・ウモーンに行こうとしてるのか?』
『うん。もうすぐだろ。歩いて行くよ』ここまで来たら歩くに決まっている。
『ワットモールは17時までだ。もう閉まってるぜ』
嘘だろ?携帯にスクリーンショットしていた情報を急いで見返す。
営業時間8時〜17時。
現在17時30分。
これはやった。
私は頭を抱えた。そして天を見上げる。
漫画やドラマではよくあるがこのポージングをリアルでやったのは初めてである。
初めて自分が「俺って頭悪いな」と自覚した瞬間だった。
悲しみを全身で表現していた私にソンテウの運転手は優しく
『安くするけど、乗ってくか?』と声をかけた。
無言で頷き。私はソンテウに乗った。