こなれた男
東南アジア旅行に行ったことがある人は知っているだろうが東南アジアの道は車、バイクで溢れかえっている。
そのため道を渡ろうにも車やバイクが大量に行き交っているため
なかなか道を渡ることができない。
信号があってもガンガン信号無視をするし、東南アジアは歩行者ではなく車優先のようだ。青信号を渡っていたら信号無視してきたバイクに思いっきりクラクションを鳴らされたりもした。
サイドミラーをぶつけられた時もあった。
最初はそんな交通事情に戸惑ったりもしたがすぐに慣れるものである。
ガンガン行き交う車の流れも堂々と渡れるようになってきた。
大きいスーツケースを持った旅行客がなかなか道を渡れずに困っていた。
最初は私もそうだったなと懐かしく彼らを見る。
彼らはカップルっぽかったのでそのまま一生待ちぼうけを食らわせても良かったのだが、私はいい奴である。
彼らに道の渡り方を教えるために、わざわざ渡る必要のない道を渡ることにした。
この大量の交通、待っていては一生渡れない。
大切なのは無理やり渡ることである。
そうするれば車やバイクは止まったり、避けたりしてくれる。
私は古参の人間が新参者に自分のスキルを見せびらかすかのごとく
いつもよりゆっくり堂々と道を渡った。
ちょっとこなれた雰囲気を醸し出すため少し車に手をあげたり、ちょんちょんと
車のボディを撫でたりした。
後ろから熱い視線を感じる。
『すごい!あの人、道渡りの上級者だわ!』
『ああ。俺も早くあんな風になって、君を安心させたい!』
そんな声が聞こえる気がする。
そうだ。新参者よ。私の技術を見て盗むのだ。
自分に酔っていると
プップーー!!!!!!!
大きなトラックにクラクションを鳴らされた。
調子に乗ってゆっくり歩きすぎたようだ。
クラクションの音にめちゃくちゃビビったが後ろには弟子達が私の勇姿を見ている。
私は慣れた様子でごめんごめんとジェスチャーをする。
これで恥ずかしい感じは誤魔化せたはずだ。
東南アジアでクラクションは挨拶だから。今のは恥ずかしいことじゃないから。
私は後ろの視線を気にしながらもう一度歩き出した。
するとトラックの脇からスクーターが飛び出してきた。
スクーターからものすごいクラクションを鳴らされる。
私は体をビクッとさせて「ヒィ!!」と声を出してしまった。
これは誤魔化しきれない。
後ろの冷たい視線を背に感じながら小走りでその場を後にした。
彼らは道を渡ることが出来たのだろうか。